京都府京丹後市。日本海の潮風と豊かな緑に囲まれたこの地に、日本酒業界の「常識」を鮮やかに塗り替える酒蔵があります。安永6年(1777年)創業の老舗、白杉酒造(しらすぎしゅぞう)です。
今回私たちは酒造り中の酒蔵を訪れ、11代目蔵元杜氏・白杉悟氏と蔵人・只津祐樹さんにお話を伺いました。伝統的な酒蔵というイメージを覆す、自由な発想と熱い想いに溢れた白杉酒造の魅力をお届けします。
すべてを「飯米」で醸すという決断

海の京都とも呼ばれる京都府京丹後市にある白杉酒造では、日本酒の常識を覆す酒造りが行われています。日本酒といえば、山田錦や五百万石といった「酒米(酒造好適米)」で造るのが一般的です。しかし、白杉酒造では2015年から酒米を一切使用せず、コシヒカリやササニシキといった「食べるお米」だけでお酒を造る「全量食用米(飯米)使用蔵」へと舵を切りました。

この大胆な転換のきっかけは、白杉氏が蔵を継ぐために丹後に戻った際に食べた地元産の「コシヒカリ」の美味しさに衝撃を受けたことでした。「こんなに美味しいお米なら、最高に旨い酒ができるはずだ」その確信こそが、今の白杉酒造の原点です。
しかし、食用米での酒造りは決して簡単ではありません。食用米は酒米に比べて粒が小さく粘り気があり、麹菌が繁殖しやすい「心白(しんぱく)」がないため、酒造りには不向きとされてきました。さらにお酒にすると酸味が出やすいという特徴もあります。

白杉酒造では、米の吸水歩合の緻密な調整や、麹室の中を極限まで乾燥させることで心白がなくても麹菌が繁殖できる環境を作るなど、技術力でこの壁を乗り越えました。そして、食用米特有の酸味をあえて活かし、フルーティーで甘酸っぱい、まるで白ワインのような新しい味わいの日本酒へと昇華させているのです。
当初は周囲から「食用米で美味しい酒は造れない」と猛反対を受けましたが、2010年頃から始まったこの挑戦は、今や「白杉酒造にしか出せない味」として全国のファンを魅了しています。

そして、2025年はワイングラスでおいしい日本酒アワードで「白木久 CHIMERA(キメラ)」が金賞を受賞、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)の純米酒の部で「白木久 特別純米酒 CHIMERA(キメラ)」がシルバーメダル、「白木久 特別純米酒 銀シャリ」がブロンズメダルを受賞するなど、蔵を代表する主要銘柄が国内外で高い評価を得ています。
逆境が生んだ「酸」という武器~黒麹・白麹の魔術師~

通常、日本酒造りに使われる「酒造好適米」は、粘り気が少なく、雑味の原因となるタンパク質が少ないのが特徴です。一方、私たちが普段口にする「食用米」は、粘り気が強く、日本酒にするとどうしても重たくなったり、キレが悪くなったりしがちだと言われてきました。しかし、白杉酒造はこの「食用米の特性」を弱点ではなく唯一無二の個性へと昇華させました。
その最大の秘密である酸味のコントロールに加え、白杉酒造の真骨頂とも言えるのが、複数の麹や酵母を複雑に掛け合わせる独創的なアプローチです。一般的な日本酒造りで使われる「黄麹」だけでなく、レモンのような酸味をもたらす「白麹」や、焼酎造りに用いられる「黒麹」といった異なる特性を持つ麹を自在に操ります。

この3種の麹と3種の酵母をブレンドした「CHIMERA(キメラ)」は、その名の通り3つの個性が合体した唯一無二の味わいで注目を集めました。さらに近年ではその挑戦が加速し、4種の麹と京都オリジナル酵母など4種の酵母をブレンドした「NUE(鵺〜ヌエ〜)」を生み出すなど、誰も味わったことのない未知の領域へと踏み込んでいます。
先祖代々の遊び心を受け継ぐ「ストーリー」が詰まったお酒たち

白杉酒造の代表銘柄「白木久(しらきく)」の名は、家名の「白杉」の「杉」を分解し、「木」と「久」とした先人たちの遊び心から名付けられました。その精神は、現在のラベルデザインや商品コンセプトにも色濃く反映されています。

白杉酒造のお酒は、味わいだけでなく、ネーミングやパッケージも非常に個性的です。丹後産ササニシキを使った最高の食中酒「銀シャリ」や、童話から着想を得た「MIRROR MIRROR(ミラーミラー)」といった独創的なネーミングには、飲む前からワクワクするようなストーリー性が込められています。ワインボトルのようなスタイリッシュな瓶や、思わず手に取りたくなるポップで洗練されたラベルデザインも大きな特長の一つ。じつはこのラベルデザインは、すべて白杉社長ご自身が手掛けているそう。「中身のお酒のイメージを見た目でも表現したい」という想いから、商品ごとにストーリー性を持たせたラベル作りが行われています。
丹後の風土と情熱が醸す、唯一無二の一杯

今回、蔵を案内してくださった只津祐樹さんは、元税務署職員という異色の経歴を持つ蔵人です。実は20代の頃は日本酒が嫌いだったそうですが、転勤で京丹後を訪れた際に地元の日本酒の美味しさに感動。すっかり白杉酒造のファンとして通い詰めていたところ、白杉社長から「一緒にやりませんか」とスカウトを受けました。お酒造りの経験は全くありませんでしたが、「面白そう、楽しそう」という直感に従い、7年前にこの世界へ飛び込んだと言います。
さらに、只津さんは「少しでも多くの方に蔵を知ってもらいたい」と、InstagramなどのSNSを活用した発信を積極的に行っています。白杉社長の理解と後押しもあり、酒造りのリアルな日常を発信し続け、今では多くの方に見られる人気アカウントへと成長しました。「造り手、売り手、飲み手の3者の誰が欠けても成り立たない」という想いを胸に、SNSを通じてファンとの強固な繋がりを築き上げています。こうした地道なファンづくりと唯一無二の味わいが支持され、現在ではお酒の生産が追いつかないほど注文が殺到しており、小規模ながらも力強く売り上げを伸ばしています。
今回の取材を通して、白杉酒造には古き良き伝統に縛られない自由な気風が満ちていることを強く感じました。複数の麹や酵母を掛け合わせて、毎年必ず新しい味わいに挑戦し続けるという探求心。そこには、「造り手自身がワクワクしながら、美味しいお酒で飲み手を楽しませたい」という純粋で熱い想いが溢れています。失敗を恐れず、常に新しい味覚の探求を続けるこの尽きないチャレンジ精神こそが、白杉酒造のお酒が日本酒ファンを驚かせ、魅了し続ける最大の理由と言えるでしょう。
【白杉酒造株式会社】
・所在地: 京都府京丹後市大宮町周枳954
・代表銘柄: 白木久(しらきく)、銀シャリ、CHIMERA(キメラ)
・公式サイト: https://sake-shirakiku.jp/










