日本酒の世界において、光(紫外線など)は長年「酒を劣化させる敵」とされてきました。しかし、その常識を180度覆し、「光を味のコントロールに使う」という驚きの技術を確立した酒蔵が栃木県にあります。明治5年(1872年)創業の老舗、西堀酒造です。
今回は、蔵人の鈴木さんに国登録有形文化財の蔵内部を案内していただきながら、世界初の特許技術「イルミナカラーシリーズ」や、栃木県初の日本酒蔵が挑むジャパニーズウイスキー「哲/TETSU」など、「伝統と革新が融合する酒造り」について深く伺いました。
江戸・明治の息吹が残る「生きた文化財」を歩く

栃木県小山市に位置する明治5年(1872年)創業の「西堀酒造」は、「若盛」や「門外不出」の銘柄で知られ、令和4酒造年度全国新酒鑑評会で金賞を受賞するほどの確かな技術を持つ酒蔵です。旧日光街道沿いに佇む西堀酒造に一歩足を踏み入れると、そこにはタイムスリップしたかのような歴史ロマンあふれる空間が広がっています。

「こちらの仕込蔵は、江戸末期に建てられたものなんですよ」
案内してくださった鈴木さんが、歴史の重みを感じさせる太い梁を指差しながら教えてくれました。西堀酒造の敷地内には、江戸・明治・大正の各時代に建てられた建造物が点在しており、そのうち「仕込蔵」「長屋門」「瓶詰場」「煙突」の4棟が国登録有形文化財に指定されています。

蔵のシンボルである煙突には、富岡製糸場や旧東京駅の一部にも使われた「下野レンガ」が使用されており、歴史の重みを感じます。

仕込み蔵の中にも、かつての職人たちの息遣いが聞こえてきそうな「歴史の足跡」が髄所に刻まれています。天井を見上げれば太い梁が走り、かつて使われていた滑車が残る—そこには、長い歳月を経て醸成された歴史の断片があふれています。
「もともとは江戸の呉服問屋の蔵だったものを、近江商人であった初代・西堀三左衛門が買い受けて酒造りを始めたのが150年以上前のことです。私たちは今でも、この歴史ある蔵の中に棲みつく『蔵付き酵母』の力を借りてお酒を醸しています」

酒造りの要となる仕込み水には、日光山系の伏流水(中硬水)が使用されています。小山市は江戸時代からこの水に恵まれ、酒造りが盛んでした。明治時代には、銘醸地として名高い兵庫の灘になぞらえて「関東の灘」と称されたほど酒造りに適した水系です。 西堀酒造が掲げる「濃醇旨口」というスタイルは、この中硬水があってこそ。酵母に元気を与え、お米のポテンシャルを最大限に引き出すミネラルが、「門外不出シリーズ」などのしっかりとしたコクと深みのある味わいを生み出しています。
透明タンクの原点は「社長の幼少期の好奇心」

蔵の奥へ進んだところにあったのが、中が透けて見える不思議な「透明タンク」です。このタンクの開発こそが、西堀酒造の革新の始まりでした。
「この透明なタンクは、社長(五代目)の西堀和男が子供の頃に抱いた素朴な疑問から生まれたものなんです」と鈴木さんは微笑みます。
「社長は幼い頃から、蔵の中で行われる酒造りを間近に見て育ちました。真っ白なもろみがプクプクと泡を立てて発酵している様子を見て、『もっと近くで見たい、タンクの中でもろみがどう動いているのか横から見てみたい』と思っていたそうです。しかし、通常のタンクは上から覗き込むことしかできません。しかも日本酒にとって光(紫外線)は味わいや香りを損なう天敵の一つなので、当時は『透明のタンクなんてできるわけがない』と思われていました」

「そこから数十年が過ぎ、ヒントを得たのは品川水族館の水槽でした。筒状の水槽にクラゲが展示されている様子を見て『やっぱりどうしても透明のタンクを作りたい、もろみの動きを横から見たい』という思いが再燃。その思いを叶えたのが、息子であり、専務の西堀哲也です」
親子で夢を叶えるなんて、とても素敵なストーリーですよね。とはいえ、光を嫌う日本酒業界において「透明なタンクを作りたい」という無謀な願いは、多くのタンクメーカーに笑われてしまったそうです。最終的に引き受けてくれたのは、広島県にある水槽メーカー。「お酒が造れるかどうかはわからないが、それでも良ければ…」という条件で、ようやく透明タンクが誕生しました」
世界初の特許技術「LED色光照射発酵(イルミナカラー)」の衝撃

そしてこの透明タンクから誕生したのが、「LED光を照射して発酵をコントロールする」という特許技術です。日本酒造りにおいて「光はNG」という常識がある中、光の色が「酵母の活動」に影響を与えるという醸造法は非常に革新的な発見です。
「透明タンクによってもろみが対流する様子や、酵母が活動するリズムが視覚的に捉えられるようになりました。そこで社長はさらなる閃きを得たんです」

通常の日本酒造りでは米の種類や酵母を変えることで味の違いを出しますが、「ILLUMINA(イルミナ)」シリーズの日本酒は光によって味をコントロールします。光の色が「酵母の活動」に影響を与える性質を利用して、発酵期間中に当てる光の色を変えることで味を変えるのです。この手法は、野菜の水耕栽培などで光を活用する生産技術を参考にして誕生しました。

具体的には、光の色ごとに酵母や味わいに以下のような違いが現れます。
赤い光: 酵母の活動が活性化されることでもろみの分解がどんどん進み、シャープで透明感のある現代的な辛口になる。作り手が櫂入れ(かき混ぜる作業)をする際も、手応えを軽く感じる。
青い光: 酵母が冷静になり発酵を抑制することで、味わいに膨らみが出て芳醇なコクが生まれる。赤い光のタンクに比べて分解が穏やかになるため、味や櫂入れ時の手応えに「重み」が出る。
緑の光: 赤と青の中間である「中口」という立ち位置の味わい。
もともとのもろみの状態は同じですが、このように光の色で酵母の活性度合いをコントロールし、もろみの分解スピードや発酵具合を変化させることで、同じ仕込みであっても全く異なる味わいを生み出しています。
日本酒蔵ならではのジャパニーズウイスキーへの挑戦

また、西堀酒造が近年力を入れているのが、ジャパニーズウイスキーの酒造りです。日本酒のオフシーズンにいかに稼ぐかという課題があり、いろいろ思案した結果、ウイスキーづくりにチャレンジすることになりました。
「数年前まで精米所という名の物置だった場所を蒸留所にして3年が過ぎ、今年やっとファーストリリースを出しました」

コンセプトは「日本酒×ウイスキー」。 日本酒蔵がつくるウイスキーという大きな個性を活かし、ウイスキー酵母ではなくて日本酒の酵母で発酵させているのが最大のポイントです。「日本酒の酵母を使用すると、やっぱり香りの良さが全然違うんですよ。」と語る鈴木さん。
この「香りの良さ」を最大限に引き出すために、蒸留器にも酒蔵ならではの工夫が隠されていました。ウイスキーの蒸留器といえば銅製が一般的ですが、西堀酒造ではあえてステンレス製を採用しています。
「香りの良さを引き出すため、焼酎の世界などでは一般的な『減圧蒸留』という製法を採用しています。このとき銅製だと圧を下げる負荷に耐えられないので、ステンレス製の蒸留器を使っています。ただ、銅には(雑味となる)いろんな化合物を取ってくれる良さもあるので、ネックの部分には銅のフィルターをかましていて、ハイブリッドな蒸留器になっているんです」
さらに、米粉(心白に近い部分のみ)を使用したグレーンウイスキーを製造するなど、日本酒の技術をフル活用したウイスキーづくりが行われています。 熟成にも徹底的にこだわり、日光東照宮の御神木で作った和樽に貯蔵するなど、地域性を活かした驚きのチャレンジも。
「いろんな側面から日本酒×ウイスキーを行ってみて、『もともとはウイスキーにしか興味がなかったけれど、うちのウイスキーをきっかけに日本酒にも興味を持った』というような人が増えればいいなと思っています」

さまざまなチャレンジによって、「伝統と革新の融合」を体現する西堀酒造。「いろんなチャレンジをしてみるのが、うちのいいところ」と語られる通り、常識にとらわれない自由な発想は、これからも多くの人を惹きつけ、日本酒の新しいファンを増やしていくことでしょう。飲むだけでなく、五感すべてで楽しめるエンターテインメントな酒蔵のさらなる進化から今後も目が離せません。
【西堀酒造株式会社】
・所在地: 栃木県小山市大字粟宮1452
・代表銘柄: 門外不出、ILLUMINA、愛米魅 I MY ME
・公式サイト: https://nishiborisyuzo.com/

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