兵庫県明石市。かつて「西灘」と呼ばれたこの地で、1848年(嘉永元年)から酒造りを続ける「茨木酒造」。代表銘柄である「来楽(らいらく)」で広く知られ、近年では画期的な生酒サーバー「KEG DRAFT SAKE」の実用化にテスト段階から協力するなど、伝統と柔軟な革新性を併せ持つ酒蔵です。今回は、兵庫県登録有形文化財にも指定されている風情ある酒蔵を訪問。東京農業大学で醸造学を学び、丹波杜氏の修行を経て独立した9代目蔵元杜氏(代表兼杜氏)・茨木幹人(いばらき みきと)氏にご案内いただき、少人数での酒造りを支える驚きの工夫と、美酒を生み出すこだわりに迫りました!
江戸時代から続く「西灘」の歴史と海風を活かした老舗蔵

兵庫県明石市の西部は、東の「灘」に対して「西灘」と呼ばれ、300年以上前から酒造りが行われてきた歴史ある地域です。良質な水と播磨平野の酒米、そして冬の寒風という酒造りに欠かせない要素が揃っており、明治の最盛期には60〜70軒もの酒蔵が立ち並んでいました。現在残っているのは6軒のみとなりましたが、嘉永元年に創業した茨木酒造の建物は、最盛期の西灘の面影を色濃く残しています。阪神淡路大震災を乗り越え、今も大切に使われている仕込み蔵には、屋根に約3万枚もの瓦が使われており、圧倒的な存在感を放っています。また、蔵の目の前にある6反ほどの田んぼでは、お酒の原料となる米を自分たちで育てています。

ーー 蔵に到着して驚いたのですが、本当にすぐ裏手が海なんですね!
茨木さん そうなんですよ。今日は天気もいいので、海の向こうに淡路島や四国(徳島)まで見えますよね。江戸時代、この周辺は海岸線がもっと迫っていて、船での輸送にも適した絶好の立地だったんです。
ーー 海風がとても気持ちいいです。この海沿いの立地や風も、酒造りに関係しているのですか?
茨木さん はい。実はこの酒蔵の建物自体が、海風を利用した造りになっているんです。伝統的な「北流れ」という構造なのですが、太陽の光が当たる南側は熱を通しにくい分厚い土壁にして夏の強い日差しを遮ります。一方で、北側は屋根を広く取り、下から冬の冷たく乾いた海風を蔵の中にたっぷり取り込んで、冷たい空気を貯め込めるようになっているんです。
ーー冷房設備などがなかった時代から、自然の気候を最大限に利用して建物を冷やしていたんですね。先人たちの知恵に驚かされます! では、早速その歴史ある蔵の中へお邪魔させてください。
2人体制を支える「DIY麹室」と「農業用IoT」の活用
ーー蔵の中はとても広々としていますね。現在、酒造りは何名で行われているのですか?
茨木さん 私を含めて2人体制です。仕込みから瓶詰めまで、全て2人で行っています。重いものを運ぶ時はフォークリフトなどの機械を使いますが、お米を洗う工程なんかはザルを使って10kgずつ手作業で行っています。
ーーたった2人で全てを!? それは大変な労力ですよね。何か特別な工夫があるのでしょうか?

茨木さん 2人で効率よく回すために、いろいろと工夫はしています。例えば、こちらの「麹室(こうじむろ)」。実はプレハブパネルを買ってきて、自分たちでDIYして1階に作ったんです。通常は2階にあることが多いのですが、作業のたびに昇り降りするのは腰が痛くて(笑)
ーー DIYで作られたんですか! すごいですね。中の設備も工夫されているのですか?

茨木さん ええ。小規模な酒蔵にとって、最新の醸造設備や専用機材を導入する「多額の設備投資」は非常に大きな課題になります。そこでうちは、温度や湿度を管理するヒーターや換気扇に、数万円で買える「農業用のIoTコントローラー」を組み合わせて代用しているんです。
ーー農業用の機材を酒造りに転用しているんですか! それは驚きのアイデアですね。
茨木さん はい。これをスマホのアプリと連携させることで、遠隔で環境を記録・管理できるようにしています。「湿度が55%を超えたら換気扇が回り、50%に下がったら止まる」といった緻密な制御を自動で行ってくれるので、高価な醸造用設備に頼らなくてもそれと同等以上に精度の高い環境コントロールができているんですよ。
ーー多額の設備投資という酒蔵の大きな課題を、柔軟な発想とDIYで見事に解決し、さらに高い品質管理まで実現されているとは……本当にすごいです!
味の決め手は「清掃」と「酵母」、そしてKEG DRAFTへの挑戦

ーー酒造りにおいて、他にこだわっているポイントはありますか?
茨木さん 「徹底した清掃」にはものすごく気を使っています。たとえば、お酒を搾る機械(ヤブタ)は、発酵したもろみが初めて空気に触れる場所です。少しでも不十分だとお酒に嫌な匂いがついてしまうため、シーズンが終わると部品を全て剥がして、大きな専用の洗濯機で徹底的に洗います。高いお米を買うよりも、まず機械を極限まで清潔に保つことで、お酒の質が劇的に良くなりました。
ーー基本の徹底が、あの美味しいお酒を生み出しているのですね。仕込みの特徴なども教えてください。
茨木さん 仕込みは最大で1トン、基本は700kgほどの小仕込みです。その分、酵母選びにはこだわっています。定番の酵母(7号、9号、10号、18号など)に加えて、私は東京農大の出身ということもあり、アベリアや月下美人、イチゴなどの「花酵母」も含め、年間10種類ほどの酵母を使い分けています。 時には1つのタンクに性質の異なる2つの酵母(例えば9号酵母を入れた翌日に香り系の18号酵母を追加するなど)を入れてブレンド発酵させるなど、多様な味わいを追求しています。
ーー酵母のブレンドなど、少人数だからこそできる細やかな酒造りが「来楽」の多彩な味わいにつながっているのですね。そうして丹精込めて造られたフレッシュなお酒を、しぼりたてのまま飲食店で味わえる「KEG DRAFT SAKE(ケグドラフトサケ)」の立ち上げにも、いち早く協力されたとお聞きしました。

茨木さん はい。KEG DRAFT JAPANの渡邊さんが事業を立ち上げる前のテスト段階から協力しました。本当に日本酒に使えるのか全く未知数の容器でしたが、一番最初はピー箱(プラスチックケース)を使って手探りでケグに詰めていましたね(笑)
ーーパイオニアとしてテストを重ねてこられたのですね! 渡邊さんにお話を伺った際にも「独立して事業を立ち上げた初期から、海外展開のためのサポートをしてもらったり、3年もの間一緒に試験を繰り返して助けてもらった」と、二人三脚で歩んできたことへの深い感謝を語られていました。
杜氏: ええ。「生酒をそのままの味で海外でも飲めるようにしたい」という渡邊さんの熱い想いがあったので、うちも何とかして一緒に形にしたかったんです。本当にゼロからのスタートで、どうすればガスが抜けずに一番良い状態で詰められるか、何度も試行錯誤を重ねてきました。そうした地道な二人三脚の研究があったからこそ、今までにない「しぼりたてのままの美味しさ」を全国や海外にまで届けられるようになったのは本当に嬉しいですね。
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地域とともに歩み、新たな価値を生み出す

ーー少人数だからこその細やかな酒造りと、未知の容器の実用化に向けた二人三脚の歩みが「来楽」のフレッシュで多彩な味わいに繋がっているのですね。ちなみに、代表銘柄である「来楽」という名前には、どのような想いが込められているのでしょうか?
茨木さん 中国の思想家・孔子の論語にある「朋あり 遠方より来たる また楽しからずや」という一節に由来しています。「人生の最高の楽しみは、友と酒を酌み交わし語り合うこと」という意味で、その楽しい酒席にふさわしいお酒になればと名付けられました。また、「来楽」という文字は裏からも表からも同じに見える左右対称の文字なので、「裏表がない」という縁起の良い意味も込められているんですよ。
ーー とても素敵な由来ですね! 品質への妥協なき姿勢は高く評価されていて、2015年と2022年の全国新酒鑑評会では見事「金賞」を受賞されていますよね。明石市長を表敬訪問されるなど、地元を代表する銘酒として親しまれていますが、地域の方々と交流するイベントもたくさん開催されているとお聞きしました。

茨木さん ええ。私たちは「地域に開かれた酒蔵」でありたいと考えていて、有形文化財の蔵を活用して落語家さんを招く「酒蔵寄席」や、参加者自身がウリを漬け込む「奈良漬の会」などを開催しています。また、お酒の原料となる酒米の田植えから酒搾りまでをまるごと体験できる「来楽仕込みの会」なども行っているんですよ。
ーー単にお酒を造って売るだけでなく、地元・明石の自然や人々と深く繋がりながら、日本酒の楽しさを発信し続けているのですね。伝統を守りながらも、柔軟なアイデアで新しいことに挑戦し続ける茨木酒造さんの魅力がたっぷりと伝わってきました。本日は貴重なお話、ありがとうございました!
目の前に海が広がる絶好のロケーションと、江戸時代からの面影を残す歴史ある酒蔵。その中には、DIYで作られた麹室や農業用IoTの活用など、少人数での酒造りを支える驚きの工夫と情熱が詰まっていました。 「本当に美味しいお酒を届けたい」という真摯な想いが込められた茨木酒造の「来楽」。ぜひ皆さんも、その裏表のないフレッシュな美味しさを味わってみてください!










