岩手県北上市。北上川が流れる自然豊かなこの街に、現在唯一残る酒蔵が「喜久盛(きくざかり)酒造」です。明治27年の創業から130年という重厚な歴史を持ちながら、日本酒ファンの間では畏敬の念を込めて「日本酒界の異端児」と呼ばれる同蔵。その理由は、プロレスや漫画といったサブカルチャーとの融合にあります。 映画のワンシーンのようなラベルの「タクシードライバー」や、独創的なイラストが目を引く「電氣菩薩」など、インパクト抜群の日本酒は「思わずジャケ買いしたくなるようなワクワク感」で若い世代や日本酒初心者をも引きつけます。しかし、そのポップで親しみやすい見た目の裏には、熱くてストイックな酒造りのこだわりがあります。今回は、斬新なラベル戦略に込められた狙いから本気の酒造りにかける情熱まで、五代目蔵元・藤村卓也社長にたっぷりとお話を伺いました!
130年の歩み〜明治27年創業の歴史と喜久盛酒造の原点〜

喜久盛酒造の歴史は、1894年(明治27年)に北上市更木地区に「藤村酒造店」として産声を上げた日から始まります。当時は酒造のみならず、味噌・醤油ブランド「ヤマロク」を擁する食の拠点として、地域の生活を支える重要な役割を果たしていました。

創業当時、日清戦争の勝利を祝して命名された「凱旋(がいせん)」という銘柄を醸していた同蔵は、戦時下に企業統合の荒波に揉まれ「花巻酒造」への統合を余儀なくされます。酒造りが一時休止となる試練を経験しました。

この苦境から蔵を救い出したのが、戦後復員した三代目・藤村久喜(きゅうき)氏です。合併からの再分離を決意した同氏は、「凱旋」をあえて封印します。そして、「久喜が逆立ちしてでも蔵を盛り上げる」という不退転の決意を込めて「喜久盛(きくざかり)」という新たな名を掲げました。
昭和30年代には、北上市が誇る伝統芸能に敬意を表した銘柄「鬼剣舞(おにけんばい)」が誕生。三代目・久喜氏は北上市観光協会長も務め、地域文化や観光の発展にも大きく貢献しました。かつて多くの杜氏を輩出し、5軒もの酒蔵が切磋琢磨していた北上市。時代の変化とともに酒蔵が減っていく中、喜久盛酒造は北上市唯一の酒蔵として、現在まで130年にわたり伝統の暖簾を守り続けています。
東日本大震災での被災から北上新蔵での復活
2011年、そんな伝統ある蔵を未曾有の震災が襲います。2011年3月11日に発生した東日本大震災は、喜久盛酒造にも壊滅的な被害をもたらしました。

今回の取材では、実際に被災した当時の蔵を見学させていただきましたが、目の前に広がる光景には言葉を失いました。今なお「半壊」の状態で残されている旧本社蔵。解体するだけでも億単位という莫大な費用がかかるため、手をつけることができず、当時の壮絶な爪痕がそのまま残されています。

全壊したまま時が止まった醤油蔵、そして酒タンクの上に倒れ込んできた巨大な梁(はり)が動かせないまま残っている現場は、震災の凄まじさを生々しく物語っています。本社蔵が使用不可能となった後、藤村社長は隣町・花巻市にある廃業した酒蔵を借り受け、約10年間にわたって「間借り醸造」という形で酒造りの灯を繋ぎ続けます。幾多の苦難や度重なる地震、大雪の被害にも折れることなく、「絶対に生まれ育った地元・北上で酒造りを復活させる」という強い執念を抱き続けました。

そして、クラウドファンディングなどで寄せられた全国のファンの温かい支援を受け、創業130周年の節目となる2024年、ついに北上市更木の地に念願の新本社蔵を再建! かつての貯蔵庫を改築し、徹底した温度管理のもとで年間を通じて酒を醸す「四季醸造」も可能となりました。
震災を機に決断! 「岩手県産米100%・全量純米酒」へのこだわり

震災という未曾有の危機は、喜久盛酒造の酒造りをより純粋でストイックなものへと進化させました。2014年度、藤村社長は「岩手県産米100%」「全量純米酒(醸造アルコール不使用)」「無濾過原酒」という極めて硬派な方針へ完全に舵を切りました。じつは震災前、同社が出荷するお酒の約9割は、地元向けの普通酒(アルコール添加酒)でした。しかし、時代の変化とともに普通酒の需要が縮小していく一方で、県外では「タクシードライバー」をはじめとする純米酒のファンが着実に広がっていたのです。花巻での間借り醸造という設備や生産量に制約がある中、「これから先、自分たちが本当に胸を張って『地酒』と言えるお酒、将来性のある純米酒に全振りしよう」と決意しました。
藤村社長:世の中で流行っている味に寄せて造れば一時的には売れるのかもしれないが、自分が納得して飲みたいお酒じゃなければ作っていて面白くない。それならまず、自分が本当に飲みたいと思う味を全力で造り、それを好きになってくれるファンと出会っていきたいと思いました。
こうして始まったのが、地元・岩手県産米100%へのこだわりです。一般的な高級酒米だけでなく、「かけはし」や「亀の尾」「ひとめぼれ」といった食用米(飯米)を積極的に使っています。
藤村社長:山田錦は西の米であり、北東北では育たない。岩手県の酒蔵なら、この地の米と水で勝負するのが当たり前かなと。それが蔵やお酒の個性に繋がるので。

なかでも「タクシードライバー」に使われている主力米の「かけはし」は、硬くて水を吸いにくく溶けにくいため「酒造りには全く向かない」と、他の酒蔵が使うのをやめてしまったお米でした。しかし藤村社長は、そのお米がもたらす独特の力強い味わいに惚れ込み、「無理に扱いやすくするのではなく、お米の個性をそのままお酒に出そう」と農家さんと全量契約栽培を結んで使い続けています。
さらに、飯米(食用米)ならではの力強い旨味を活かすため、加水や濾過を抑えた「無濾過原酒」を主軸に据えています。目指すのは、「冷やでも良いが、熱燗にすることで真価を発揮する旨味のしっかりしたタフな食中酒」。お酒を温めることで、濃厚なお米の旨味とコクがふわりと広がるお酒です。
こうした酒質への徹底的なこだわりを維持しながら、品質の高いお酒を全国へ安定して届ける背景には、喜久盛酒造ならではの効率的で独自な生産体制があります。実は、これだけの評価を得ている同蔵ですが、醸造に携わっているのはわずか数名という極めてコンパクトなチーム。
藤村社長:うちは社員2人と自分たち夫婦の計4人という、かなり少人数で酒造りをしています。そのため、冬場に一気にまとめて造り切るスタイルだと体力的にも厳しい。だからこそ、新蔵の冷房設備を活かして、月2本ほどのペースで年間を通して仕込みをしています。
1年を通じて常にフレッシュで力強い無濾過原酒を仕込み続けるこの「四季醸造」は、少人数のチームだからこそたどり着いた合理的な仕込み体制であり、同時に全国のファンへいつでも状態の良いお酒を届けるための工夫でもあります。地元・岩手の米と水、そして自らの味覚を信じて醸す—震災という苦難を越えて研ぎ澄まされたそのストイックな酒造りこそが、喜久盛酒造の唯一無二の味わいを支えています。
【独占インタビュー】五代目・藤村卓也社長に聞く! 異色のキャリアから生まれた「ジャケ買い」戦略と日本酒への熱い想い

ーー藤村社長は、元々はゲーム会社にお勤めだったり格闘技をされていたりと、酒蔵の社長としてはかなり異色の経歴をお持ちですよね?
藤村社長:そうですね。実は小学生の頃には、すでに「将来は実家の酒蔵(5代目)を継ぐ」という自覚がありました。ただ、すぐに継ぐのではなく、一度東京に出て酒とは関係のない外の世界で挑戦してから実家に帰ろうと決めていたんです。それで上京してゲーム会社に就職し、プロレスゲームの開発やサイコホラーゲームのシナリオを手掛けたり、格闘技に打ち込んでいました。そんな中、父が病気で倒れたと連絡を受け、27歳で地元へ戻り、30歳で社長に就任することになりました。
ーーまったく違う業界から日本酒の世界に入られて、最初にどんな印象を持たれましたか?
藤村社長:自分は、日本酒を飲むタイプではなかったんです。東京から地元に戻る直前に、初めて居酒屋で日本酒を頼んでみたんですが、予備知識が全くなくてメニューを見てもどれを選べばいいのかさっぱり分かりませんでした。当時の日本酒って、初心者にとってはまさに「初見殺し」のような世界だったんですよね。
ーー「初見殺し」というのは?
藤村社長:元々はゲーム用語なんですが、「事前知識がないと一発で罠にハマってしまう難所」を意味する言葉です。最初に日本酒を見たとき、純米なのか吟醸なのか、精米歩合がどうとか、難しい漢字の銘柄がズラリと並んでいて…知識やマニアックな情報がない初心者にとっては選びようがないという高い壁(参入障壁)を感じました。
ーーなるほど。知識がないと入り込めない「初見殺し」の壁があったからこそ、斬新なラベル戦略が生まれたとか?

藤村社長:はい。難しい知識がない若い層や、普段日本酒を飲まない人にも直感的に届けるにはどうしたらいいか考えた結果、デザイナーさんと組んでビジュアルで勝負しようと決めました。見た目のインパクトから「あ、これ面白そう!」とジャケ買いしてもらえるようなワクワク感を大切にしています。「なんだこれ?」と手に取ってもらうことからしか、新しい市場は生まれませんから。
ーー代表銘柄である「タクシードライバー」も、まさにその「ジャケ買い」から全国へ広がったそうですね。誕生のきっかけについて教えていただけますか?
藤村社長:映画雑誌「映画秘宝」のアートディレクターである高橋ヨシキさんとの出会いがきっかけでした。東京の呑み会で初めてお会いした際、映画の話題になり「イタリアのグァルティエロ・ヤコペッティ監督のモンド映画が好きでDVDボックスも買いました」と話したら、高橋さんが「そのパッケージデザインをやったのは俺だよ」と話してくださり…意気投合して呑み歩く中で「新しい日本酒の銘柄を考えよう」という話になったんです。その流れで高橋さんから提案して頂いたのが、タクシードライバーでした。「ラベルをデザインしてくれるなら本当に酒を造りますよ」と答えたら、1カ月も経たないうちに映画のワンシーンを水彩でトレースした素敵なラベルデザインがメールで届き、正式に商品化が決まりました。
ーーすごいエピソードですね! 東京の酒販店へ営業された際は、ラベルに先入観を持たせない工夫をされたとか?
藤村社長:そうなんです。都内の有名な酒販店を紹介されて営業に伺った際、見た目の派手さだけで判断されないよう、ボトルに新聞紙を巻いてラベルを隠した状態でお酒を試飲してもらいました。ラベルの話題性や奇抜さに甘えるのではなく、まずは純粋にお酒そのものの味やクオリティをプロに認めてもらいたかったからです。味を気に入ってもらったうえで新聞紙を剥がすと、あの強烈なラベルが出てきて二度驚かれる(笑)。そうやって「見かけ倒しではなく、中身の品質が本物だ」という評価と信頼をプロの酒販店さんから獲得できたからこそ、口コミで評判が広まり、最終的に生産量が15倍以上に跳ね上がる大ヒットへと繋がりました。
ーーほかにも個性的で魅力的なサブカルチャーコラボの銘柄がたくさんありますよね!
藤村社長:はい。社長に就任して最初に手がけた「電氣菩薩」は、敬愛する漫画家・根本敬先生の作品名を頂き、プロレスTシャツなどで知られる植地毅さんにデザインしてもらいました。また、格闘家時代の得意技から命名した「ビクトル投げからの膝十字固め」や、イラストレーターの吉岡里奈さんがノスタルジックに描いた「北上夜曲(きたかみやきょく)」、三芳菊酒造さんとのコラボで江戸川ずるこさんが描いた「嫉み(そねみ)」など、好きなアーティストや文化と自由に関わりながらお酒を表現しています。
ーーTシャツなどのアパレルグッズ展開もファンに大人気だと伺いました。これには、一体どんな狙いがあるのでしょうか?

藤村社長:一つの大きな狙いは、「若い世代や未成年が、日本酒に興味を持つ『最初の入り口』をつくること」です。20歳未満の方はお酒を買うことも飲むこともできませんが、Tシャツなら誰でも自由に買えますよね。実際に、ある高校生がうちのTシャツを通販で注文してくれて、「まだお酒は飲めないけれど、二十歳になったら絶対に最初の日本酒として喜久盛を飲みます!」という熱いメッセージを送ってくれたことがありました。お酒そのものを売るだけでなく、グッズを通じて未来の日本酒ファンと繋がれるきっかけになればと思っています。
ーー高校生からそんな胸が熱くなるメッセージが届くなんて素敵すぎます……! お酒が飲めない時期からブランドのファンになり、二十歳という人生の節目に最初に選ぶ日本酒になるというのは、まさに本気のアパレル展開があったからこそ生まれた最高のストーリーですね。最後に、SAKEMAPの読者や若い日本酒ファンへ向けてメッセージをお願いします!
藤村社長:日本酒を飲むのに、難解な知識やルールは一切必要ありません。「ラベルが格好いいから」「Tシャツが面白いから」という軽い気持ちや、ジャケ買いから入ってもらって大歓迎です。食わず嫌いせず試しに手にとってもらい、自由な感性で美味しく楽しんでいただけたら、蔵元としてこれ以上の喜びはありません!

一度見たら忘れられないポップで刺激的なラベルに目を奪われる喜久盛酒造。その強烈な第一印象の裏側には、「岩手県産米100%」「全量純米酒」「無濾過原酒」を掲げ、自らが目指す味わいにどこまでも愚直に向き合うブレない酒造りの姿勢がありました。かつて居酒屋で自分自身が「難解な知識がないと選べない」と痛感した実体験があるからこそ、「入り口はジャケ買いでも、Tシャツでもいい」と、初心者に寄り添って柔軟に門戸を開く藤村社長。その想いは、まだお酒の飲めない高校生の心にまで届き、「二十歳になったら最初に飲むお酒」という最高のストーリーを生み出しています。東日本大震災での被災や、約10年間に及ぶ間借り醸造という大きな試練を乗り越え、創業130周年の節目についに生まれ育った北上の地で復活を果たした喜久盛酒造。「難しいルールや知識にとらわれず、自由に楽しんでほしい」という藤村社長の熱い想いと、新蔵でスタートした四季醸造から、これから一体どんな面白く力強いお酒が生み出されていくのでしょうか。喜久盛酒造の新たな歩みと挑戦から、今後も目が離せそうにありません。
絶滅危機の岩手県産米『かけはし』を未来へ繋ぐクラウドファンディング実施中!
喜久盛酒造では現在、看板商品「タクシードライバー」などの主原料であり、県の奨励品種から外れて絶滅の危機に瀕している岩手県産米「かけはし」を契約栽培で守り、未来へ残すためのクラウドファンディング(CAMPFIRE)を実施しています。オリジナルTシャツや手ぬぐいなど、喜久盛酒造ならではの魅力的なリターンも多数用意されているので、ぜひチェックしてみてください。










